ロト6最新抽せん情報
[07月03日抽せん結果]
第401回
| 本数字 | B数字 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 14 | 15 | 27 | 34 | 35 | 42 | 37 |
[07月03日抽せん結果]
第401回
| 本数字 | B数字 | |||||
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| 14 | 15 | 27 | 34 | 35 | 42 | 37 |
宝くじは、昭和20年に政府第1回宝くじが発売されてから、現在まで60年以上もの歴史があります。人間で言えば、還暦を迎えて少したった頃ですね。宝くじは、半世紀以上にわたって、私たちに夢と希望を与えています。宝くじは、当選金付証票法という法律が1948年に制定されて以来、宝くじの運営方針に基づいて当選金付抽選券として販売されています。
その昔、江戸時代には「富くじ」が盛んでした。当時の富くじが宝くじの土台となっているのではないかと考えられています。その後、富くじは、「天保の改革」によって禁止された後も、根強い人気があり、ひそかに行われていたと伝えられています。
明治元年になると、明治政府によってかたく禁止されますが、1945年7月には「勝礼」として復活しました。同年10月に「宝くじ」という名称に変わりました。当時は、当選したら金銭だけではなく、タバコなどの品物にも換えられていました。宝くじのルーツをたどっていくと、江戸時代にまでさかのぼるとは驚きですね。
宝くじは、日本において「富くじ」として発祥し、その起源は江戸時代初期に現在の大阪府にある瀧安寺で、正月に僧侶が3人の当選者を選び出し、その3人に幸運をもたらすとされるお守りを授けたのが由来とされています。
その後、次第にくじの当選者に金銭を分配するような動きが広まると、徳川幕府は1692年には「富くじ」の禁令を発令しますが、その後幕府は寺社にのみ、修復費用調達の手段として、「富くじ」の発売を許可しました。
これは天下御免の富くじ「御免富」と呼ばれていました。谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、そして湯島天神の御免富が、特に“江戸の三富”として知られています。
その後1842年に幕府財政の再興を目的とした天保の改革によって、富くじは歴史から姿を消しますが、太平洋戦争が終結した直後の1945年10月、政府は戦後の激しいインフレを防止する目的を持って「政府第1回宝籤」を発売しました。この時から、いわゆる「宝くじ」という呼ばれ方がされるようになりました。
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